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大径古樹エノキ移植

[大径樹移植] 0.まえがき

樹木の診断・治療は、まず樹木の状態(幹・枝・葉・根茎・樹皮等々)や、周囲の土壌や、環境をよく観察することからはじまり、その上で必要な土壌改良を行ったり肥料や薬剤を施します。 低木から樹高が3〜8m程度の樹木の場合は当社の社員で対応しますが、幹の直径が1m以上あるような大径樹や、樹齢が古く、保存樹木に指定されてるもの等については、 専門の樹木医との共同作業になることもあります。

本格的で大規模な例として以下に、群馬県の樹木医・関口義明氏と共同で行った大径古樹エノキ移植工事の、関口氏の報告と記録を紹介いたします。


明らかな誤脱字以外はなるべく原文に忠実に転載した。
とくにわかりづらい部分は、編者が補足した。

[大径樹移植] 1.はじめに

  • 工事名:市庁舎東道路上のエノキの移植
  • 工期:平成10(1998)年2月20日〜3月25日
  • 工事施工者:株式会社しみづ農園
  • 工事責任及び写真撮影:しみづ農園 清水課長(当時)
  • 移植調査及び指導:樹木医・園芸研究家 関口義明
自然保護と緑化思想の高揚に役立った巨樹エノキの移植

今回高崎市で実施した推定樹齢300年の歴史的老木を移植、成功させた事は新庁舎建設と共に記念すべき大事業であったと思う。 恐らく、これほどの大巨樹の移植は本県でも初めてであろう。この快挙は市民に対する緑化思想や自然保護など多くの精神的教育に役立ったことであろう。

新築庁舎21階から市内を見渡すと、市街地には緑が少ない。然し少し右下に移植した芝生の中のエノキの大木は悠然と立っている姿は実に美しい。 高崎市は大木を市指定保存木として保存を図り市民生活の安全を期しているが、指定木の持主や管理者に対しても、このエノキの移植は、保存木保護のアッピールに多くの貢献をした事と思う。

歴史的巨樹老木は、これからは多くの人為的障害を受けて衰弱や枯死をしていくのが多い。これらの「緑の文化財」を保護するのは市民に科せられた使命である。

平成10年6月
樹木医 関口義明

[大径樹移植] 2.樹木診断(カルテ)

測定
1997年11月

移植樹エノキの幹内の腐朽・空洞化を診断し、移植に耐えられるかどうかを調査するために測定器を挿入する。


幹の様子

根本立上り3m付近に腐朽穴あり。その腐朽穴の下にカワラダケが生えていた。道路端にもかかわらず南西側にコケが多く生えていた。空洞化度は可成り高いようだ。


着工前の様子
着工前(1998年2月)

路肩にはみ出して立っている。 この位置から東(画面左側、公園内)に約14m移動する。


高崎市新市庁舎東道路側に1.6m位はみ出している
推定樹齢300年の巨樹の移植診断カルテ
樹木医・園芸研究家 関口義明
樹種名 ニレ科エノキ
分類区分 單木
調査年月日 第1回 平成6年11月29日(群馬県巨樹巨木林診断事業)
第2回 平成8年12月 2日(高崎市役所道路課要請)
第3回 平成9年 8月18日(市役所・しみづ農園・樹木医 三者立会い)
調査者 樹木医・園芸研究家 関口義明
所在地 新市庁舎東道路上に1.6mはみ出し生育
所有者 高崎市
管理形態 高崎市
保護制度指定 市保存木
樹齢 300年以上(推定)
樹高 22m
枝下 16m
根本周囲 4.1m
枝張 東西9.0m、南北9.5m
根の状態 少し根上り
特記事項 北側に少し傾斜、幹は中段より下側で2本に分岐
周囲状況 道路と歩道の境界に生育し、アスファルトとコンクリートで根本周囲は固められている。周囲に樹木なし。
日照条件 良好
土性区分 火山灰土壌
土壌の堅密度
土壌構造 堅果状
水湿状態
排水性
樹勢 葉の状況 少し小型 葉色少し黒い(アブラムシとカイガラムシ被害)
枝の状況 小枝数は多いが黒色(アブラムシとカイガラムシ被害)
幹の状況 腐朽穴あり、カワラダケが生えている
根の状況 土壌表面(植升の中)に細根多い、根上り根削皮

[大径樹移植] 3.掘る・保護する

着工前
着工前(1998年1月)

左の大きな樹が被移植樹。両者共にエノキ。右の樹は若齢である。樹の下に大人の男性が通りかかるが、比較するとそのあまりの大きさに気づく。  写真は東側(移植予定地点付近)から。画面右奥が議会棟。


着工前

路肩に 約1.6mはみ出して立っている。

写真左に白く光る大きな建物が高崎市役所。中央に見える高さ約22mのエノキを、東側(写真右方向)の公園内へ約14m移動させる。写真は南側から。


剪定
剪定作業

下から樹木医が枝の間引きを指示したが、意志が通じないので、樹木医と造園屋と2人で高処作業車に乗り、形を損なわないように剪定をした。 一番上の写真と比べると、ずいぶんとさっぱりしたのがわかる。


幹巻
幹巻作業

緑化テープを幹太枝中枝迄丹念に巻き、蒸散・日焼防止に努め、活着の推進を図る。


根堀作業と細根の量、根部診断
掘る

深さ1.5m位掘り下げる。よく根が張っているのは、地面から深さ30cm〜50cm位、西側の道路面はアスファルトにするための小石敷で、根量は非常に少なかった。

東側の植升部分は非常に細根が多かった。太根はほとんど見られない。この原因は、以前水道管敷設の際に太根を切断したので細根が多く発生したと思われる。南と北は太根が多く、細根は少なかった。

西側道路面の根は、アスファルト舗装する時に切断したか、長い間の道路踏み固めの為か、太根はなく細根が僅かにあっただけであった。 特別に負担をかけていた太根は殆どなかったので、根巻の土が崩れる危険も少なく、麻縄が切れない限り根鉢の崩壊も少ないと思う。細根が比較的多いので安心した。

東側30cm位の位置にビッシリ細根が張ついている。北側に太根が1本切断されている。西側には殆ど太根はない。僅か5平方m位の植升であったが、この更地より養水分を補給していたのであろうか。 いずれにしても歩道の透水性の効果は充分に考えられる。1m以下には殆ど発根は見られない。

根部治療

300年以上の老大木でも矢張り、根の活動範囲は表土30cm〜40cmの位置が適しているのである(空気と水分の関係)。

根の切断部に治療を施した。


根巻き
根巻き

根巻きを確実にしないと活着に影響する。大木で然も非常に根巻きが大きいので大変である。しっかり根巻きをして崩れないようにすることが大切である。 太い走り根がなく細根が多いので助かった。今迄北の道路改修と南の水道敷設のために多くの根が切断されたのが幸いしたのである。

根巻きの大きさは、南北4.9m、東西3.0m、高さ1.45mの大根巻きである。四つ掛け三度巻きにグルグルと巻きあげた。 以前は藁製のコモをつけて荒縄を使用したが、現在は丈夫なセンイを使用したコモや縄を使用しているので、このような大きな根巻きも失敗なく出来るようになったのである。 大きな根巻きなので1箇処崩壊するとほかの箇処も崩れる危険がある。

[大径樹移植] 4. 吊上げ・植える

養生
周辺養生

クレーン移動に際しての鉄板敷込み作業。これをしないとめり込んでしまうし、歩道や芝生を傷めるのである。


掘削
植穴掘削

1.5m位掘り下げると、南側より湧水が出てくるので、それをよけるために、高植えにすることに決めた。広さ南北6.5m、東西4m、深さ5mの大穴を掘り上げる。


吊上げ
吊り上げる クレーン

ワイヤーロープを掛け、160tクレーンでエノキの吊上げ開始。300年の歴史を積み重ねてきた生育地を、今、静かに去ろうという瞬間。この瞬間に根巻きが崩れなければ大丈夫である。


移動して、再び植える
移動 植える

エノキの向きと樹形を見定めて植穴に下ろしてゆく。地下の湧水と活着を考慮して、少し高植えにする。植栽したエノキの根元に土を入れる。活着を良好にする為の良土を使用する。 生育地跡の大穴を埋める。エノキ倒伏防止の為、支柱を土の中に入れ、ワイヤーロープで固定する。


水決め
水決め

根と土の際間の出来ないように、しっかり水決めをする。また、根に空気や水分の通りを良好にするための改良材を使用する。


[大径樹移植] 5. 治療する

治療
幹の治療中 幹治療後 根部治療中 根部治療完了

幹が腐朽してカワラダケが生えている。腐朽した大きな穴があいている。大枝の切口の傷より菌が侵入し、60cm位下迄大きな穴があき、中はグシャグシャに腐っていた。 腐った軟らかい部分を全部削除して治療する。腐朽穴にウレタン資材を使用。

多年に亘り根は傷つけられ、表皮は削離し腐朽しているので、樹木医が治療する。



完了
完了

治療完了に依り幹巻きをし、作業完了。

道路に1.6mにはみ出して長年痛めつけられていたエノキも、環境良好の別天地に移植された。あとは、1ヶ月後に若葉が出てくれることを願うばかりである。樹齢300年の老巨木エノキの移植作業は全部完了した。


活着、成功
フリーマーケット

1998年(平成10年)、移植樹は完全に活着した。これを祝うようにフリーマーケットが移植樹エノキの下で開催され、多くの人でにぎわった(4月29日)。

平成8年12月2日に診断した移植可能と断を下したが完全に活着するとは云い切れなかった。平成9年8月18日高崎市役所、しみづ農園と樹木医と三者で話し合い、移植が決定した。 市役所からは何度となく活着を心配され続けたが、完全に成功するとは云えないまでも80%位は自信があったが、枝枯れも殆んどなく完全に近い活着をしたのは実に嬉しい次第である。

[大径樹移植] 6. むすびに

緑の文化財エノキの移植

樹木医 関口義明

推定樹齢300年以上、高さ22m胸高周囲3.1mの巨樹の移植を高崎市公園緑地課が実施した。 この事業は、城址公園内道路上にはみ出していたエノキの老巨樹の移動であったが、大変困難な大事業であった。一番問題となったのは移植が可能かどうか、果して移植樹が活着するか否かの問題である。

然し、2月に実施した移植も無事完了し、現在では新築した市庁舎東南の芝生の中に緑豊かな葉を出して、庁舎の前景を飾っている。 この記録は高崎市公園緑地課(当時)の内山匡さんが、このような巨樹老木の移植は大変めずらしいことであるので記録に残して置きたいと語っていたので、 施工者のしみづ農園の工事責任者の清水均さんに工事の過程などの写真を依頼しておいたのだが、その写真に解説を加えたものである。

市指定保存木に指定されていたこのエノキは1994年(平成6年)11月群馬県巨樹巨木林健康診断事業で、城址公園内の7本の診断を私が実施したが、そのうちの1本である。

高崎公園内の県指定天然記念物のハクモクレンは江戸初期の高崎城主安藤重信の植栽といわれるが、このエノキも其の頃か江戸中期にかけて、計画的に植栽されたものと思う。

300年以上この地に生き続けてきた「緑の文化財」のこのエノキだけが城内の歴史を知っている。幕末の大政奉還後、明治新政府が出来た(1868年)。

其の後、高崎十五連隊の所在地となり、小生も入営した経験がありよい思いというより悪夢であった。

城郭外周土手上に生育するエノキと同年齢と思われるこのエノキが何故1本だけこの場所に植栽されていたのか理解出来ない。恐らく城内の中には相当多量の樹木が植栽してあったと思う。

移植の是非

新市庁舎前の道路はこれから主要な交通機関となる。この道路上に1.6mはみ出して交通障害となるエノキの処置は市にとっては頭の痛い問題であったと思う。 市の道路課の依頼で平成8年12月2日にエノキ生育現場で、職員と調査を実施した。

市側の話では、この老巨木を切ると市民の悪評を招くおそれがある。移植が可能か不可能かを調査して戴きたいという事であった。 何しろ300年以上の歴史的老木である。多額の予算と労力を費し移植した樹が枯れたらという心配もあった。この事業が失敗することは、私の責任も重大であると思ったのである。

高碕達之助の言葉と岐阜県荘川村の2本の荘川桜の移植、この緑の文化財の移植の是非に当り思い出したのは、荘川桜移植の物語であった。

高碕達之助の言葉と岐阜県荘川村の2本の荘川桜の移植、この緑の文化財の移植の是非に当り思い出したのは、荘川桜移植の物語であった。 昭和27年(1952年)、御母衣(みぼろ)ダム建設の為に湖底に沈もうとする、アズマヒガンザクラ(樹齢450年・高さ30m・幹周り6m・重さ40t)を、直径5mの根鉢をつけ、 人夫500人、植木職10人、電源開発会社からの提供に依る15tのクレーン2台、30tクレーン2台、30tブル2台、40tブル1台を使用して、湖 底に沈む光輪寺と照連寺に生育していた桜を鉄橇に乗せ、コロを使用し、ブルで少しづつ山の中腹迄約200m曳き上げたのである。

この大事業は第一代電源開発総裁高碕達之助が湖底に沈む光輪寺を訪れた時にこの巨桜を観てなんとかして助けねばならないと決意したことから始まり、 非常な犠牲と氏の私財を投じてこの事業を成しとげたという歴史的な話である。現在では、開花期には数万の見物客が訪れ、開花期以外の日でも見物人が絶えることがないという。

高碕達之助翁が光輪寺を訪れた時の言葉に「進歩の名のもとに、古き姿は次第に失われゆく。だが、人の力で救えるものは、なんとかして残してゆきたい。古きものは古きがゆえに尊いものである」と言ったという。

移植の決定

私は調査に当り、荘川桜の歴史的事実を思い浮べていたのである。

エノキの現状は根本西側はアスファルトで固められているので、活動根は殆ど東側であると思った。 道路と歩道に挟まれた境界上に生育し、僅か5立方メートル位の土地の植升に大巨木が生育を続けているのである。何んとかしてこの可哀想なエノキを助けたいと願わずにはいられなかったのである。

幸い未だ樹勢もそれほど衰えていないし、植升の中の根を調査してみると、細根がビッシリと詰まっていたので、これならと判断した。

それに2年前に群馬の森のエノキをしみづ農園が移植したのが成功した経験がある。 そのエノキは、胸高周囲が2.9mで少し小さかったが、わたしが調査した時が6月であったので、根回しは不可能であった。秋に出来れば実施(移植)したいというのである。 結局、根回しをせずに20m以上ある位置に太枝を全部落して移動したのである。然し、管理が充分の為によく活着したのである。

このエノキの場合は、14m後方の芝地に移動するので、可成り根鉢を付けても重量的には大丈夫であると判断した。

樹形も余り崩すことなく移植できると思い太枝の切断はあまりしないように考えたのである。

調査は移植可能であるとし、移植に伴う条件を列記し、平成8年12月16日に市に報告した。 平成9年8月18日にエノキ移植の件で市の公園緑地課としみづ農園と私が現地に集合し、最終調査と移植実施の打合せを行い、移植が決定した。

《 完 》

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